グラズノフ 交響曲第4番

小粋でメランコリックな名曲


 第一楽章のラスト近く、やわらかでダイナミックな上昇動機における荘厳な響きは、ヴァグナー的であり、かつ、サン=サーンス的でもマーラー的でもある。私はこの部分に心打たれてグラズノフが好きになり、虜になった。冒頭、コールアングレの奏でる主題に「やけに暗いじゃないか…」と不安になった私の心が、一気に天上に向かって昇華したような感覚。「あんなに暗く始めておいて、こんなふうにオチをつけるのか。 つけることができるのか。」と驚喜。そして得心した。

 グラズノフ28歳(1893年)の作品。グラズノフが完成させた8曲の交響曲のなかで唯一の3楽章交響曲。暗く渋めの変ホ長調(1楽章・3楽章)であり、同じ調を採用しているシベリウスの交響曲第5番にも通じるものがある。
 ロシア民族主義音楽の旗手であり”五人組”の一人であったリムスキー=コルサコフの教えを受けたグラズノフの交響曲は、その初期こそロシアンメロディにあふれた民族主義の色をにじませたものであったが、徐々に西欧の楽風に近づいていった。この第4交響曲は、陰鬱な導入部から始まるロシア的な旋律に基礎を置きつつも、土着的音楽にとどまらないインターナショナルな響きを獲得するのに成功している。グラズノフは少年期から神童タイプの天才であり、管弦楽法・対位法に非常に優れたものを持っていたから、民族的なメロディと西欧風(国際主義的)メロディを単につぎはぎにするのではなく、対位法を中心とした強固な作曲理論を土台にして両者を巧みに止揚する。


 近現代ロシア・ソヴィエトの主要作曲家を挙げてみよう。
作曲家名 生年月日 死去年月日 音楽教育を受けた機関等 教職にあった機関等
グリンカ 1804.6.1 1857.2.15   ロシア民族主義音楽の祖
ダルゴムイシスキー 1813.2.14 1869.1.17    
アントン・ルビンシテイン 1829.11.28 1894.11.20   ペテルブルク音楽院を設立
(1862年)
ニコライ・ルビンシテイン 1835.6.2 1881.3.23   モスクワ音楽院を設立
(1866年)
ボロディン 1833.11.12 1887.2.27 (五人組)  
キュイ 1835.1.18 1918.3.26 (五人組)  
バラキレフ 1837.1.2 1910.5.29 (五人組)  
ムソルグスキー 1839.3.21 1881.3.28 (五人組)  
チャイコフスキー 1840.5.7 1893.11.6 ペテルブルク音楽院の前身 モスクワ音楽院
リムスキー=コルサコフ 1844.3.18 1908.6.21 (五人組) ペテルブルク音楽院
リャードフ 1855.5.11 1914.8.28 ペテルブルク音楽院 ペテルブルク音楽院
セルゲイ・タネーエフ 1856.11.25 1915.6.19 モスクワ音楽院 モスクワ音楽院
イワーノフ 1859.11.19 1935.1.28 ペテルブルク音楽院 モスクワ音楽院
アレンスキー 1861.7.21 1906.2.25 ペテルブルク音楽院 モスクワ音楽院
グレチャニノフ 1864.10.25 1956.1.3 モスクワ音楽院
ペテルブルク音楽院
グネーシン音楽大学
グラズノフ 1865.8.10 1936.3.21 ペテルブルク音楽院 ペテルブルク音楽院
(ペトログラード音楽院/
レニングラード音楽院)
カリンニコフ 1866.1.13 1901.1.11 モスクワ音楽院  
スクリャービン 1872.1.6 1915.4.27 モスクワ音楽院 モスクワ音楽院
ラフマニノフ 1873.4.1 1943.3.28 ペテルブルク音楽院
モスクワ音楽院
 
ミャスコフスキー 1881.4.20 1950.8.8 ペテルブルク音楽院 モスクワ音楽院
ストラヴィンスキー 1882.6.17 1971.4.6    
グネーシン 1883.2.2 1957.5.5 ペテルブルク音楽院 レニングラード音楽院
モスクワ音楽院
アサフィエフ 1884.7.29 1949.1.27 ペテルブルク音楽院 レニングラード音楽院
プロコフィエフ 1891.4.23 1953.3.5 ペテルブルク音楽院  
ショスタコーヴィチ 1906.9.25 1975.8.9 ペテルブルク音楽院 レニングラード音楽院
モスクワ音楽院
サルマノフ 1912.11.4 1978.2.27 レニングラード音楽院 レニングラード音楽院
フレンニコフ 1913.6.10 2007.8.14 グネーシン音楽大学
モスクワ音楽院
 
 グラズノフは、民族主義の中心地であったペテルブルクで学び、後に教職に就いていたことからも、作風に民族主義的な色合いが濃いのも頷ける話ではある。とはいえ、国際主義の強かった同時代のモスクワの人たちも、完全にロシアンメロディを捨て切っているとはいえないから、これは程度の問題ではあるが(カリンニコフはモスクワで学んだが、民謡的なロシアンメロディにあふれた作品を残している)。

 余談だが、グラズノフの酒好きは有名であり、レニングラード音楽院の学生であったショスタコーヴィチも、音楽院長グラズノフの酒にまつわる話をいくつか残している。ロシアはとにかく寒いし、暖をとるために酒を飲む土地柄である。まして、彼はロシアからソヴィエトへの変革期にペテルブルク音楽院の要職にあったから、ソヴィエト政府との折衝、そして軋轢に心底うんざりしていたのだろう。これでは酒量が増えるのも道理。酒でも飲まなきゃ「やってられねえ」という感じだったのかもしれない。

アレクサンデル・アニシモフ/モスクワ交響楽団

16'00, 05'48, 12'21 [1995年8月]

グラズノフの交響曲第1番とカップリング。アニシモフは正攻法タイプの名指揮者である。スコアに書かれている以上にテンポを揺らしたり、奇をてらって特定の楽器を目立たせてみたりすることがない。しかし、どのフレーズにもたしかな表現が宿っており、聴く者はぐいぐいと音楽に引き込まれていく。この4番は、アニシモフの録音の中でも大当たりの出来で、特に1楽章が良い。オーケストラも十分に上手い。

(NAXOS)

★★★

マルク・ゴレンシテイン/ロシア交響楽団

14'15, 05'10, 11'20 [1994年3月]

グラズノフのセレナーデ1番・2番、ヴァイオリン協奏曲イ短調とカップリング。日本、米国をはじめ各国のamazonでは非常な高値がついていたので、格安の値段を設定していた業者からamazon.uk経由で購入した。amazon.ukからだと、条件が良ければ1週間以内には荷物が受け取れ(東京都内の場合)、米国amazonより速いことが多いのでおすすめである。
 マーラーの交響曲第9番では大変ゆっくりとしたユニークな解釈をみせているゴレンシテインだが、このグラズノフでは常識的なテンポを採り、オーケストラをコントロールしている。

(Russian Disc)

★★★

エフゲニ・スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立交響楽団

15'54, 05'13, 13'15 [1989年]

グラズノフの交響曲全曲に幻想曲「海」を合わせた全集より。スヴェトラーノフの実直な演奏。

(Venezia)

★★

ワレリー・ポリャンスキー/ロシア国立シンフォニー・カペラ

14'56, 05'08, 12'09 [1997年4月]

モスクワ音楽院大ホールでの録音。合唱指揮者でもあるポリャンスキーの技量が光る名演。文化省響を改組したオーケストラの実力も高く、濁りのない響きが本当にすばらしい。録音も良いので万人におすすめできる。あまり軽率に使うべきではない言葉だが、「完璧」と言っていい。

(CHANDOS)

★★★

ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー/ソヴィエト国立文化省交響楽団

14'38, 05'34, 13'24

メロディア音源で5番とのカップリング。ロジェヴェン・文化省響のスタジオ録音によくある残響音過多なもの。演奏は良いのだが、エコーがきつくて気持ち悪くなる人もいるかもしれない。

(OLYMPIA)

★★

ネーメ・ヤルヴィ/バンベルク交響楽団

15'51, 05'28, 13'05 [1983年]

7番とのカップリング。作品の内側からあふれる情熱を、一音一音噛みしめるような演奏。熱演であることは間違いないが、ややオーケストラの調子が悪い。

(ORFEO)