マーラー 交響曲第8番

"千人の交響曲"


  「(この曲は)言葉では言い表すことができません。宇宙が震え、鳴動しだすだすのを想像してみてください。もう、それは人間の声ではなく、宇宙を運行する星や太陽の声なのです」。
曲のスケッチを書き上げた1906年の8月、マーラーは、初演にも立ち会うことになるウィレム・メンゲルベルクに、このように書き送っている。

"交響曲"とされているものの、巨大な二部構成のカンタータ的作品である。

 第一部は、中世のマインツ大司教フラバヌス・マウルス(776-856)が、聖霊降誕節に歌うために書いたラテン語の聖歌を歌詞にもちいている。
「来たれ、創造主なる聖霊よ」に始まり、ひたすら神を賛美し尽くして、「守護の神・聖霊に、幾世紀、いついつまでも栄光あれ」と結ばれる。 真摯な祈りと、奇跡の発現を信じる心で満たされた歌詞である。

  そして第二部は、ゲーテ(1749-1832)の『ファウスト』の最終場面から。
主人公ファウストは、悪魔のメフィストフェレスとの賭けに負けを認め、力尽き、死を迎える(賭けの対象はファウストの「魂」。メフィストフェレスはファウストの魂が欲しいのである)。 しかし、その魂はメフィストフェレスの手に落ちることなく、天使たちによって救い出され、天上に向かう。 そこで、かつてファウストが愛したグレートヒェンという女性の魂がファウストの贖罪を神に請い、ついにファウストは天国の門をくぐるのである。
最後の合唱において、「永遠に女性的なものは、われらを引きて昇りゆく」と高らかに歌われ、長大な交響曲は幕を閉じる。

 『千人の交響曲』はマーラー自身がつけたタイトルではなく、1910年のミュンヒェン博覧会開幕行事の一環として行われた初演時に1000人を超す演奏者が並んだため、 興行主が客寄せのキャッチ・コピーとして名づけたものである。マーラー自身はこのタイトルに嫌悪感をもっていたといわれる。
初演はマーラー自身の指揮で行われ、リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)、レオポルド・ストコフスキー(1882-1977)、ウィレム・メンゲルベルク(1871-1951)、オットー・クレンペラー(1885-1973)、ブルーノ・ヴァルター・シュレジンガー(1876-1962)、アルノルト・シェーンベルク(1874-1951)、 アントン・ヴェーベルン(1883-1945)などが立ち会った。 この初演はマーラー生前における最大の成功を収めたが、わずか8ヵ月後にマーラーは帰らぬ人となる。運命とはつくづく皮肉なものである。

ガリー・ベルティーニ/ケルン放送交響楽団

[1991年]

 サントリーホールでのライブである。
 決定版だと思っている。これ以上に完成度の高いものにはいまだ出会っていない。
 8番は、オーケストラだけでなく、独唱・合唱をもコントロールすることが求められる難曲であって、たいていの演奏は必ずどこかに縦の線が合っていない部分があるのだが、このベルティーニ/ケルン盤は縦ズレがほぼ皆無。精度がきわめて高い。
 いたずらなテンポ操作に走らず、すべてがピタリと決まる快感は何にも代え難い。
 録音も素晴らしく良い。

(EMI)

★★★


[hitoderan's opinion]
 マーラーはいう。「これまでの私の交響曲は、すべてこの曲の序曲に過ぎなかった」と。しかしこの曲、なかなか分かりにくい。90分というその長さと複雑な構成、そして歌詞がラテン語*1(第2部はドイツ語)という三重苦を背負っている。
 私自身もこの曲は敬遠気味なところがあった。壮大、荘厳の極地という意味では好きな曲だったけれども、どうしても全体を把握できず、また複雑な構成からくる各部のズレが聴けば聴くほど気になって、しまいには冒頭部だけを聴いて満足、ということもままあった。
 しかし、このベルティーニの演奏は違う。ぼくのなかの交響曲ランキングでは割合下のほうに位置していたマーラー8番が、この演奏のせいで一気に急上昇することになった。
 まず、荘厳な合唱を邪魔しない豊かな金管の響きを、この演奏の特長として挙げたい。いっぱいいっぱいな響きのバーンスタイン盤(グラモフォン)とは正直比べるのも申し訳ないほどの完成度だと思う。録音の良さとも相まって、合唱と金管(しかもフルパワー)の親和性を証明している。
 そして、縦のラインが常に整然としているのもいい。無味感想なテンポ運びかというとそうではなく、オケ全体で見事なうねりを見せてくれる。古い指揮者が「テンポのずれこそがオーケストラの深みを生む」などと言うことがあるが、この録音を聞けば、そのような発言が全くの妄言であることが分かるはずだ。
 壮大な部分がこの曲の大きな魅力であることも事実だが、この録音においては、そうでない穏やかな部分にも光るものがある。各旋律の抑揚、バランス、溜め、どれもが自然な説得力をもって聴こえてくる。長大な曲であるにも関わらず実に細かい部分にまで目が行き届いていて、それは、内装まで凝りに凝った壮大な建築物を思わせる。
 ・・・とまあ、ぼくがいくつかの言葉を弄したところでこの演奏の凄さを語り尽くすことなどできないけれども、この演奏が、少なくとも次のような作曲者の言葉を証明できているとはいえるだろう。すなわち曰く、「(この交響曲は)これまでの私の作品の中で、一番大きいもので、内容も形式も独特なもので、言葉で表現することができません。大宇宙が響き始める様子を想像してください。それは、もはや人間の声ではなく、太陽の運行する声です」と。
*1:しかも、歌詞の意味も時代がかっている。たとえば冒頭部の合唱は、"Veni, creator spiritus"(来たれ、創造主たる聖霊よ!)という、現代からしたら違和感のあるものになっている。しかし、これが何の不自然もなく心に響いてくるのが、この曲の普遍性なのか?

★★★★★

ケント・ナガノ/ベルリン=ドイツ交響楽団

[2004年]

極めて精緻な演奏。全く乱れのないオケ・合唱に脱帽する。実際、テンポを細かく変えているのだが、それをなんでもないことのようにやってのけている。『鬼神もこれを避く』とはこういうことをいう。
 全体としてしみじみとした名演。ショルティのような華やかさ、バーンスタインやテンシュテットのような起伏の激しいドラマ性はないが、心に染み入る祈りの歌の連続である。
 録音もとても良いと思う。

(harmonia mundi)

★★★

マイケル・ティルソン・トーマス/サンフランシスコ交響楽団

(Avie)

★★

ベルナルト・ハイティンク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団

[1971年]

(PENTATONE)

★★

ミヒャエル・ギーレン/フランクフルト歌劇場・美術館管弦楽団

下に紹介する南西ドイツ放送響との演奏の陰に隠れているが、この演奏も良い演奏である。

(SONY)

★★

ミヒャエル・ギーレン/バーデン=バーデン・フライブルク 南西ドイツ放送交響楽団

[1998年]

(hänssler)

★★

エリアフ・インバル/フランクフルト放送交響楽団

[1986年]

(DENON)

★★

エリアフ・インバル/東京都交響楽団

(EXTON)

★★

クラウス・テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

(EMI旧録音)

★★

クラウス・テンシュテット/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

[1991年]

ロイヤルフェスティバルホールでのライブ。
 映像も残っており、病中のテンシュテットが大汗をかきながら渾身の指揮をしているのが見てとれる。
 1991年といえば、テンシュテットの指揮者としての最晩年。鬼気迫るというのはこういう演奏のためにある形容詞だろう。合唱とオケが微妙にズレてしまうところ、オケが弱かったりするところはあるのだが、そんなことはもうどうでもいい話である。聴けばどなたも納得させられると思う。

(EMI新録音)

★★★

レイフ・セーゲルスタム/デンマーク国立放送交響楽団

(chandos)

★★

ゲオルグ・ショルティ/シカゴ交響楽団

[1971年]

SHMCD仕様を購入。リマスタリングにより、通常盤よりも高音が伸びるようになった。
 私は与しないが、この演奏のファンは多い。

(DECCA)

ロバート・ショウ/アトランタ交響楽団

[1991年]

(TELARC)

★★

ロリン・マゼール/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

[1989年]

(SONY)

★★

ロリン・マゼール/バイエルン放送交響楽団

[2002年6月6日]

バイエルン時代のマゼールらしく、ゆったりめのテンポでじっくりと聴かせる。
 大曲をこのテンポで弾き続けるのは大変らしく、終盤の方ではちょっとだけオケが息切れしていると思える箇所がある。しかし、大きな破綻にまでは至らず、素晴らしい演奏になっている。

(En Larmes)

★★

レナード・バーンスタイン/ロンドン交響楽団

[1966年]

(SONY)

★★

レナード・バーンスタイン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

[1975年]

(DG)

★★

コリン・デイヴィス/バイエルン放送交響楽団

[1996年]

(BMG)

★★

クラウディオ・アバド/ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

[1994年]

8番の原器といってもさしつかえない。
 ベルリン・フィルの技量の前に脱帽。しかし、その上手さは嫌味なものではない。音の流れに身をゆだねれば、すべてが救われる。合唱つきの曲の場合、頻繁にテンポを変えないアバドのようなタイプの指揮者の方が向いているように思う。
 合唱もソロも決して突出することがなくて、オケと調和していて◎。誇張がなく、あくまでなめらかに美しく進行する。

(DG)

★★★

ヴァレリー・ゲルギエフ/ロンドン交響楽団

(LSO live)

★★

アントニ・ヴィト/ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団

[2005年]

手堅い演奏で魅了するアントニ・ヴィト。この8番も素晴らしい演奏である。オケも上手い。
ドイツ語の発音に微妙なクセがあるように感じるが、そんなことは何の問題にもならない。録音も良く、多くの人にお勧めできる。

(NAXOS)

★★

サイモン・ラトル/バーミンガム市交響楽団

(EMI)

★★

サイモン・ラトル/イギリス=ナショナル・ユース管弦楽団

[2002年]

(En Larmes)

★★★

リッカルド・シャイー/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

[2000年]

(DECCA)

★★

ピエール・ブーレーズ/シュターツカペレ=ベルリン

(DG)

★★

ヴァツラフ・ノイマン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

[1982年]

(Spraphon)

★★

ジュゼッペ・シノーポリ/フィルハーモニア管弦楽団

[1990年]

(DG)

エド・デ・ワールト/オランダ放送フィルハーモニー管弦楽団

[1994年]

ワールトらしく丁寧でケレン味のない素直な演奏。オケと人声のバランスがよく、残響も心地よい好演。

(RCA)

★★

ラファエル・クーベリック/バイエルン放送交響楽団

[1970年]

(Audite)

ラファエル・クーベリック/バイエルン放送交響楽団

[1970年]

(DG)

エフゲニー・スヴェトラーノフ/ロシア国立交響楽団

[1996年]

(harmonia mundi)

ウラディミール・フェドセーエフ/モスクワ放送チャイコフスキー交響楽団

(Relief)

ベルトラン・ド・ビリー/ウィーン放送交響楽団

[2010年]

『千人の交響曲』の新たな名盤が加わった。ド・ビリーの指揮、ウィーン放送響の響きはすみずみまで華やかで明るい。こんな『千人』ははじめて。

(oehms)

★★★

デイヴィッド・ジンマン/チューリヒ・トーンハレ管弦楽団

[2009年2月27日~3月3日]

(RCA)